◆第40回・サントリー学芸賞(社会・風俗部門)受賞◆
古代から続く「非日常」―『水族館の文化史』記念特集

 

サントリー学芸賞受賞について

 今回、サントリー学芸賞を受賞したことは、大変な驚きでした。『動物園の文化史–ひとと動物の5000年』(勉誠出版、2014年)を書いた経験をいかしつつ、水族飼育にまつわる古今東西の情報を収集し、これをできるだけわかりやすく、ときにユーモアも交えて、ひとつのストーリーにしたことが、おそらく評価されたのではないかと思います。
 本書はまた、ジュール・ヴェルヌの『海底2万海里』、日本の「浦島伝説」、ジャック=イヴ・クストーの海中映像などが水族展示に影響を与えたことや、第2次大戦中に水族館がたどった運命などにも触れています。ほかにも、水族館の「ディズニー化」、生きもの飼育をめぐる論争、VR(ヴァーチャル・リアリティ)技術の導入など、アクチュアルな話題が豊富ですし、図版もふんだんに使ってあります。
 今回の受賞を機に、より多くの方が本書に関心をもち、水族館をめぐる冒険を楽しんでいただけたら、これにまさる喜びはございません。

溝井 裕一

 

特集について

 子どもから大人まで、多くの人を惹きつけてやまない水族館。そこには、普段の生活では見ることのできない水中の世界が広がっています。しかし、水中世界を覗き見ようとする願望の歴史は長く、けして現代人だけの愉しみではありません。古くはローマ時代より、ひとは、水のなかの生きもの=水族の鑑賞を夢見て様々な試みをおこなってきました。

 本書『水族館の文化史 ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界』は、古今東西の水族館文化を、約200枚の図版とともに概観しています。

 ここでは、著者の溝井裕一先生にインタビューを行い、本書執筆のきっかけからおすすめのポイントまで、お話を聞きました。

 

刊行に寄せて

 このたび勉誠出版から刊行した『水族館の文化史』です。みどころは、はるか昔の古代ローマの時代から、人間が水族観賞をとおして、いかに非日常感を追求してきたか、ということに尽きると思います。カラー・白黒の大量の図版とともに、現代にいたるまで、水族飼育がどのような変遷を遂げてきたのかという話をしています。

 もう一つのポイントは、「水族館がもたらすリアリティってなんだろう?」というテーマです。水族館は、建築、SF小説、映像技術の影響を受けてきました。そこにあらわれるのは、私たちが海にいって経験したいと望む、不可思議な世界。水族館は、私たちが水界についていだいているイメージを表象する施設でもあるのです。

 書店でページをめくるだけで、きっと本書の魅力が伝わると思います。興味を持っていただけましたら、ぜひ読んでいただければ幸いです。

溝井 裕一

 

著者インタビュー

――本書執筆のきっかけは?

 2014年に『動物園の文化史 ひとと動物の5000年』を刊行したので、水族館はどうなのかなという好奇心から、調べ始めました。動物園の研究と兼ねる形で、訪れていた水族館もあったので、その際に入手していた資料も、『水族館の文化史』には盛り込んでいます。

 一冊を書き上げてみて感じるのは、「動物園と水族館は似て非なるものである」ということです。たとえば、動物園には、飼育動物を繁殖させるシステムがあります。一方で、水族館の生きものの大部分は、海や河などから捕まえてきたものです。捕獲に依存するという意味で、水族館は生きものを飼うことの意義が問われやすい。今回は、この点に気を配りながら慎重に執筆する必要がありました。もちろん、問題を提起する箇所も多いのですが、それは、これからの水族館について、みなで考えてほしかったからです。

 

――子どものころから、水族館は好きでしたか?

 どちらもおもしろかったですが、当時の動物園は臭いがきつかった(笑 それに比べると、水族館のほうは快適な空間でしたね。でも、どこかおどろおどろしいというか、怖い、不気味だ、とも感じていました。目の前のプールに鮫がいて、父親に「ここに落ちたらどうする」などと怖がらせられたりしましたしね(笑

 あと覚えているのは、水族館で魚の名前を覚えて、家に帰ったら図鑑で調べたりしていましたね。

 

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スペルロンガ(イタリア)の養魚池(溝井撮影)

 

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ポンペイから出土したモザイク画(溝井撮影、ナポリ国立考古学博物館所蔵)

 

――執筆を進めるなかで、水族館のどんなところに魅力を感じましたか?

 調べてみると、古代人も水族の展示についていろいろと工夫をしていることがわかったので、『動物園の文化史』と同じように、古代から現在に至るまでの、ヒトと水族の関係を書き進めていくことになりました。

 むかしから人間は、なかなか目にすることのできない神秘的な生物として、水族を見ていました。それゆえに、彼らを見ることは非日常感をもたらします。この目的のために、古代から現代にいたるまで、あの手この手をつかって、水中世界を再現し、飼育し、鑑賞してきました。だからこの本では、建築物や展示方法に着目した内容も多くなりました。装丁にも使ったような、設計図もいくつか載せています。

 意外だったのは、現在の水族館が採用している展示法のほとんどは、このユニークな施設が生まれた19世紀~20世紀初頭にはすでに考案されていたということです。現代人は、自分たちが常に最新の展示をしていると思いがちですが、発想そのものは、決して新しくない。そもそも、古代に水族を鑑賞するという行為がスタートしたその時点で、いかに非日常感を高めるかが意識されていました。とくに古代ローマの養魚池は――くわしくは本書で解説していますが――われわれが驚かされるような飼育システムをもっていた。結局のところ、水族を展示して没入感を得たいという発想は、いまとむかしでそんなには変わらないんだなと(笑 その時代その時代の技術を使って、それを最大限に生かして、展示をしてきたのだと思いますよ。

 水界をリアルに再現しようとするさいに発揮される想像力は、古くからきわめて豊かでした。そのあたりを、サブタイトルの「魔術的」という言葉で伝えたかったんです。

 

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没入感あふれる展示をおこなった、ベルリン水族館(1869)の設計図 (F. ‘Das Aquarium zu Berlin.’ Architekten-Verein zu Berlin, ed. Deutsche Bauzeitung. 3. Berlin: Kommissions-Verlag, 1869, p. 232.)

 

――個人的には、最後の第5章「水族館は境界をこえて――生きもの展示の未来」で言及される、「ハイブリッド水族館」の可能性におどろきました。

 「動物の福祉」や「動物の権利」が多かれ少なかれ意識されるようになった現代、従来の展示のままだと立ち行かなくなる恐れがあります。水族館が今後、新たな創造性を発揮するには、VR(ヴァーチャル・リアリティ、人工現実)やAR(オーグメンテッド・リアリティ、拡張現実)、ロボットといった技術をもっと使ってもよいと思います。これらはさまざまな可能性を持っています。たとえば、ロボットで魚が再現できるようになれば、すでに絶滅した魚を展示することも可能になります。また、捕まえるとすぐに死んでしまうような魚や、捕獲が制限されている魚を展示することも可能になります。リアルなロボット・シーラカンスが展示されたら、誰だって飛んでいくでしょう?

 またこれからの時代、デジタル映像技術(VRやAR)と水族館展示 の境界はどんどん無くなっていくでしょう。もともと水族館の展示は映像的です。そこでは、私たちは平たいガラスに映る水中世界を観察します。それは3次元的なものでありながら、どこか2次元的でもある。授業では、「こりゃあ一種の2.5次元だね」などということもあります(笑 極端にいえば、それがよくできた映像だったとしても、分からないかもしれない。そのぐらい、水族館と映像は親和性が高いんです。

 このように、VR・ARやロボットを使うことで、水族館の新しい可能性が見えてきます。重要なのは、こうしたことはすでに実験が始まっているという点です。そして、すべてを境目なくドッキングさせた高度な展示を――もちろん、生きものたちに害を与えてはいけませんし、教育を目的としたものであるべきですが――実現できたら、その水族館は世界に衝撃を与えることになるでしょう。本書では、20世紀後半から、水族館が批判にさらされるようになった経緯について説明していますが、最終章は、水族館はむしろこれを奇貨として、新世紀にふさわしい展示を生んでほしいという願いを込めて書かれています。

 

――映像といえば、本書には映画の話も多く出てきます。特に好きな映画は何でしょうか?

 挿絵もいくつか掲載をしましたが、『海底2万海里』は、小説も映画も好きです。

 紙面の都合でとりあげませんでしたが、水族館関係でいえば、『ジョーズ3』がありますね。巨大なサメが海洋パークに入り込んで暴れまくる映画です。水族館は、基本的にはパニック映画の舞台になりにくい。水族館の生きものが脱走しても、ほとんどのばあい死ぬだけです。その意味で、『ジョーズ3』は珍しい映画です。まあ、出来はアレなんですが(笑

 それから『ライフ・アクアティック』はとても好きな映画です。これは本のなかでも取り上げた実在の人物、ジャック=イヴ・クストーをモデルとしたユーモラスな映画です。クストーは戦後、「カリプソ」という海洋調査船で、世界各地の海を冒険した人物で、映画も多く作っています。しかし本作の主人公は、昔ながらの海洋への興味が失われた現代に生きていて、ドキュメンタリー映画をつくってもヒットせず、落ち目になってしまいます。この設定はすごくポストモダンですよね。それでも冒険を続け、未知なるクリーチャーに出会うという物語です。

 

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ディズニー映画『海底2万マイル』のDVDジャケット (https://www.amazon.com/Disneys-Leagues-Under-Two-Disc-Special/dp/B00005JKU0/ref=sr_1_14?ie=UTF8&qid=1531700612&sr=8-14&keywords=20000+leagues+under+the+sea+book)

 

――クストーもそうですが、本書には変わった人も多く登場しますね。

 近年の話題でいえば、『グレーテスト・ショーマン』という映画にもなった興行師フィニアス・テイラー・バーナムがそうですね。本書の第3章に登場します。自称「ペテン師王子」で、怪しげな展示をおこなった男です(笑 ほかにも、美しい海洋生物画を描いたエルンスト・ヘッケルや、ウィリアム・ダグラス・バーデンといった人物たちも魅力的ですね。バーデンはコモドオオトカゲを求めてジャワ島を探検した人物ですが、このエピソードは映画『キング・コング』の元ネタにもなっています。

 

――最後に溝井先生にとって魅力的な水族館とはどんな場所でしょうか?

 文化史研究者の立場からすれば、やはり歴史のあるところが魅力的です。たとえば、こぢんまりとしていても伝統を大切にするヴァスコ・ダ・ガマ水族館や、古さと新しさが融合した展示をおこなっているシカゴのシェッド水族館がそうです。戦後世代の水族館では、有名なピーター・シャマイエフがデザインした水族館がいずれも魅力的ですね。ボストン、ボルティモア、大阪(海遊館)、リスボンなどにあります。

 

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ポルトガルにあるヴァスコ・ダ・ガマ水族館(溝井撮影)

 

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アメリカ・ボストンにあるニューイングランド水族館(溝井撮影)

 

 本書を書き下ろすために、欧米や日本の水族館をいくつもみてまわりました。紙面の都合で、本のなかで取り上げることはできなかったところもあります。その中でも、葛西臨海水族園は、没入感をもたらす回遊水槽やケルプ・フォレストの展示など、注目すべき点がいくつもあります。また、須磨海浜水族園やかごしま水族館の設計にかかわった、吉田啓正氏のことも、もっと扱いたかった。吉田氏は、生きものを捕まえ、展示することの意義とは何かを真剣に問いつづけた、尊敬すべき水族館人であると思います。

 

――ありがとうございました。

 

 

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