チベット文学ナイト潜入記

チベット文学の魅力を発信するため、2013年12月12日(木)にチベット文学研究会の主催した「チベット文学ナイト」に参加をしてきました。
本イベントは、ペマ・ツェテン氏の『チベット文学の現在 ティメー・クンデンを探して』刊行記念も兼ね、編集・翻訳をしたチベット文学研究会の先生方に加え、原作者のご本人と、チベットの詩人であり、また映画のプロデューサーとしてペマ氏と仕事をしているカンシュン(サンジェ・ジャンツォ)氏にもご参加いただきました。
今回は、このチベット文学ナイトをレポート形式でお届けします。

 


会場となったのは、荻窪にある6次元。文学関係のトークショーやイベントを行っているフリースペースです。店内には所狭しと本が並び、稲垣足穂や寺山修司のコーナーもあり。ミヒャエル・エンデの『モモ』が針の無い振り子時計の中に入ったオブジェなどもあり、おもちゃ箱の様な不思議な空間でした。
平日の夜7時開始にもかかわらず、そして、けしてメジャーとはいえないチベット文学のイベントにもかかわらず、会場は満席となりました(ありがとうございました!)。

 


イベント企画者であるチベット文学研究会・星泉先生のご挨拶の後、本日の主役であるペマ・ツェテン氏が入場。すると会場からは大きな拍手が湧き上がりました。
まず始めに、チベット文学研究会・海老原志穂先生が登壇。ペマ・ツェテン氏の出身地である中国青海省海南チベット族自治州貴徳県(チベット・アムド地方ティカ)について、その黄河支流域の半農半牧の村での生い立ちについて、地図や現地の写真を使いながら紹介いただきました。

 


 


 


チベットの寺院がテレビや映画などに映る事はままあるものの、そので人々がどんな生活をしているのかについては、あまり知られていない。実際に現地の写真を見ることで、チベットに生きる人々の生き生きとした姿や、生活の一端に触れることができた。山神信仰が残る村の写真をみて、「ここに私の家があります」と嬉しそうに紹介する姿は少年のようでした。

 


またダムの工事現場の写真からは、牧歌的なチベットの風景が近代化によって形を替えている様が見てとれました。ただ、そのダムの工事の恩恵を受けて、ペマ氏も育ったとのこと。12~13歳の頃にダムの工事が始まり、そのために大勢の中国人労働者がやってきました。労働に疲れた彼らをねぎらうために、映画を上映するホールが作られ、そこで幼きペマ少年は大量の映画を見たそうです。ペマ氏の小説も映画も、伝統文化と新しい文化の衝突、そしてその狭間から生まれる葛藤が主題となることが多いです。それはペマ氏自身の経験が色濃く反映されているのでしょう。

 


次にチベット文学研究会の大川謙作先生にチベット現代文学の解説をしていただきました。

 


中国の文化大革命による文化の抑圧などの影響もあり、チベット現代文学は歴史がまだ浅いとのこと。その始まりは1980年代初頭と言われ、きっかけとなった作家が、ペマ・ツェテン同様アムド出身のトンドゥプジャでした。

 


それまでのチベット文学は、インド伝統文学の影響が色濃く、仏教思想を背景とした説話文学や、伝説を描く民間文芸・口承文芸が主流であった。しかし、トンドゥプジャの発表したチベット語の口語による詩作や、自分たちの生活を生き生きと描く小説作品が、当時の若者に熱狂的に受け入れられたことで、チベット現代文学がはじまったといわれている(なお、トンドゥプジャの小説・詩については、『チベット現代文学の曙 ここにも激しく躍動する生きた心臓がある』(勉誠出版、2012年)で読むことができます)。
トンドゥプジャの作品はいまなお読まれ続けており、その詩を暗唱している読者も多いという。そこで、突然先生方からの提案があり、ゲストであるカンシュン氏、ペマ氏に加え、チベット文学研究会の星先生、海老原先生、また会場の参加者で、トンドゥプジャの詩、「青春の滝」をチベット語で輪唱することになりました。

 


 


詩人であるカンシュン氏の朗読を真似ながら、参加者も即席で練習しました。
そして本日のメインコーナーである、『チベット文学の現在 ティメー・クンデンを探して』掲載作品のオススメ作品紹介へ。

まずは大川先生より、「ティメー・クンデンを探して」翻訳の裏話や、作品のあらすじをご紹介いただきました。
ティメー・クンデンを探して」は、ある映画監督が、「ティメー・クンデン」という古典劇を題材にした映画を撮るため、その役者を探す旅に出る物語。映画監督、カメラマン、ドライバー、社長、そして、かつてティメー・クンデン王子の妻・マンデ・サンモ役を演じたという女性も乗り込み、一座が車で旅をします。その道中で、社長の語るラブ・ストーリーが挿入される。「愛」とは何かという問いをそれぞれが抱えながら、理想のティメー・クンデンを求めて旅は続く…。
大川先生は、翻訳の進め方や、苦労話も話してくださいました。中でも、「翻訳者は、素晴らしい才能を持った書き手の作品を訳すことで、その創造の一端を担うこと、関わることができる。まるで自分自身が作品を書いているかのような、新鮮な気持ちを味わいながら翻訳しました」という言葉からは、翻訳者の愉悦が滲み出ていました。
なお、「ティメー・クンデン」という古典劇は、他者への無償の愛を描く物語(「ティメー・クンデン」については、『SERNYA』vol.1、三浦順子「『ティメー・クンデン王子の物語』と利他の心」でそのあらすじと作品の倫理観を知ることが出来ます)。バラモンに乞われ自分の妻と3人の子供を与えるだけでなく、目玉さえも与えたという、ティメー・クンデン王子が主人公。チベットでは誰もが知る古典劇であり、ペマ・ツェテン氏が監督として作成した映画『静かなるマニ石』では、正月に村で劇が上演される様子も映されています。
なお、「ティメー・クンデンを探して」は、映画が先に作られ、後にノベライズ化したメディア・ミックス作品(映画については、こちらを御覧ください)。それぞれを比べることで、作家としての側面、映画監督としての側面を知ることの出来る作品でした。

次に私が「八匹の羊」について話をさせていただきました。半年前に母を失った12、3歳の羊飼いの男の子と、アメリカ人バックパッカーの青年との出会い、そしてほのかな交流を描いた作品。主人公ジャロ少年のたくましさや慎ましさ、自分を律する生活に魅力を感じたことや、共通言語を持たないにもかかわらず表情で感情のやり取りをしあう様など、作品のオススメポイントを紹介させていただきました。人間の根源的なコミュニケーションを描いた、余韻の残る作品です。紹介後、星先生からもコメントをいただき、「太陽の光と影を使って、コミュニケーションを描いている」という鋭いご指摘もいただきました。なるほど。

海老原先生には、「ウゲンの歯」を紹介していただきました。主人公の僕と同級生ウゲンの関係を描いた作品。普通の小学生だったウゲンが化身ラマ(転生する高僧)に認定され、それまでの関係性が変わっていく過程が描かれる。けして明るい話ではないのに、とても暖かい読後感を得ることのできる作品です。
タイトルにも入っている「歯」の数が重要なモチーフとなっているため、海老原先生からペマ氏に「数字にどんな思いを込めたのか」という質問も入りました。ペマ氏の、「数字によって2人の関係を描きたかった」という回答は、本作の魅力を言い当てています。

 


続いて星先生が「誘惑」を紹介。これはのちに尋常でない化身となる少年の成長を描いた物語。身よりの無い少年が、幼なじみの娘とその父親が暮らす家に遊びに行くと、そこで不思議な光を発する細長いものを見つけてしまいます。どうしてもそれに心惹かれ、見せてくれるよう、触らせてくれるようお願いをするが、父親は絶対にそれを許してくれない。その経典はとても重要なもので、父親はそれを守っています。しかし、どうしてもそれに触れたい少年は、目の届いていない隙に経典を奪って逃げ去り…。
星先生は最初に読んだときに、カミュやカフカのような不条理で幻想的な作品という印象を受けたとのこと。「チベット語で書かれた小説で、こんな作品よんだことない!」と感じて他の作品も手に取ったということなので、この作品と星先生の出会いが無ければ、『ティメー・クンデンを探して』が刊行されることも無かったのかもしれません。
少年がなぜそれに惹かれるのかわからないのに、とんでもない運命に巻き込まれていくように、読者も作品に「惹かれて」しまう、「とても好きな作品です」とご紹介いただきました。

最後に、三浦順子先生に「ツェタンヘ行こう」の魅力をご紹介いただきました。三浦先生は物語の世界観を、日本に例えてご紹介くださいました。
日本に例えて言えば、日本を作ったという伝説のある「いざなき君」と「いざなみこちゃん」が、現代の大学生になって、『古事記』を片手にゆかりの地を訪れるという物語。しかし、そこで生活をする人々はみな自分たちの事を忘れていて、ゆかりの地の場所を訪ねようとしても誰も覚えていない。挙げ句の果てに、でっち上げの歴史を語るガイドも現れ、観光客を案内している。そんな現状を見て、2人が嘆き悲しむという物語。
もちろん、実際の舞台はチベットで、登場人物もチベット人なのですが、作品の魅力、面白さをしっかりと、わかりやすく伝えてくださいました。

まだまだ話したいこと、聞きたいことも多かったのですが、ここで時間切れでした。
会場からの質疑応答を経て、最後は『チベット文学の現在 ティメー・クンデンを探して』のサイン会を行い、チベット文学ナイト終了となりました。

とにかく、「チベットの、チベット現代文学の魅力を多くの人に伝えたい!」という先生方の思いに溢れたイベントでした。チベット文学研究会はすでに次の翻訳書籍に向けて動いているとのこと。第2回チベット文学ナイトが開催されるよう、今後も注目しつづけます。

最後に、今回のイベントにご来場いただきました皆様、本書をお買い上げ頂いた皆様、本当にありがとうございました。 (終)


(文責 編集一課 堀郁夫)