偉大なる冒険者の世界―『佐藤春夫読本』刊行記念特集

 

日本近代文学史を紐解けば、必ず名前の挙がる佐藤春夫。「さんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか」という有名なフレーズを生んだ谷崎潤一郎夫人との切ない恋や、太宰治を含む新人発掘の名人として「門弟三千人」と言われた数多くのエピソードで知られ、幅広い人脈を持つその存在感はいまだに薄れてはいません。しかし、複雑な個性であっただけに、活動の全貌がつかみにくい作家であるのも事実です。適切な入門書が存在しなかったことも、読者に近寄りにくい印象を与える一因だったかも知れません。

本書は、没後50年を経過した佐藤春夫について、その人物像と作品世界を改めて展望した一冊です。春夫ゆかりの場所と作品の紹介や、永井荷風、谷崎潤一郎、魯迅、太宰治らとの交友、また美術への嗜好、台湾との関わり、親子関係、出版メディアでの独自の活動など、様々な角度から、その魅力が伝わるよう編みました。春夫の『わんぱく時代』を原作とした映画「野ゆき山ゆき海べゆき」を撮影した大林宣彦監督の講演録、文壇の名物編集者であり、かつ春夫の担当編集者でもあった大久保房男さんのインタビューも掲載。春夫の魅力を存分に語っていただきました。巻頭には、編集の過程で発見された「太宰治書簡」も全文掲載をしております。
「文学に、美術に、恋愛に、理智と感情に生きた偉大なる冒険者の世界」を、本書で体感してみてください。





新資料 太宰書簡

佐藤春夫が太宰との確執を描いた作品「芥川賞」(昭和11年)で引用したと言われる手紙。これまで現物が発見されておらず、春夫の創作という見方が強かった。しかし、今回の発見により、引用された太宰の手紙が実在したことが、約80年の時を経て確認された。
第一回芥川賞の受賞を逃した太宰は、その悔しさ、悲しみ、そして怒りを、選考委員の川端康成にぶつけ、物議を醸した。失意の底で、太宰は自らの才能を高く評価してくれた春夫に頼った。今回の書簡は、第二回芥川賞の選考前に送られたもの。しかし、第二回は候補者なし、第三回ではノミネートもされなかった。その苦しみが、文壇暴露小説ともいえる「創生記」を太宰に書かせたのであろう。春夫の「芥川賞」は、太宰の事実誤認と、自らに向けられた周囲からの非難に対する反論である。怒りの中にも太宰の健康を気遣い、才能を愛惜する春夫の真情が見える。今回の書簡はこの一連の経緯と、稀有な師弟関係の実情に迫る第一級の文壇資料である。本書では鮮明な画像とともにその全文を初公開する。





新資料 太宰治佐藤春夫宛書簡(部分)


 

編者が語る、佐藤春夫と本書の魅力

近代作家のなかで、佐藤春夫ほど多才な人物はまれでしょう。詩歌から小説、評論、戯曲まで幅広い文学ジャンルをカバーしただけでなく、時に画家であり、時に夢見る編集者でもある。既存の枠組みにとらわれず、軽々と表現ジャンルの「境界」を乗り越えていく身軽さはまさに芸術の「冒険者」であったと言えます。



佐藤春夫画「自画像(眼鏡のない)」(ルヴァン美術館蔵)


本書は、狭い意味での単なる研究書ではありません。歩みを進めるごとに景色の変わる、不思議な庭園を散策するような春夫文学の世界を、ぜひ春夫を知らない方にものぞいてみていただきたいと願って編集しました。研究の原点は「知る」驚きと喜びにあり、その面白さは、知識や経験を問わぬ万人のものだと信じています。本書の内容は、最新の発見や高度な研究成果に裏付けられた春夫研究のフロンティアでありながら、数多くのカラー写真や直筆資料を用い、見る目にもあざやか。また明治・大正・昭和の時代のゆかりの場所を、春夫と共に町歩きできる地図も数多く収録しました。あらためて土地と人と文学との深いかかわりを、少しでも多くの方に発見していただければ幸いです。
河野龍也(実践女子大学)


 

展示会紹介

和歌山県新宮市にある佐藤春夫記念館にて、平成27年12月1日より、企画展「芥川賞をください 佐藤春夫宛て太宰治書簡と芥川賞」が開催されています。太宰書簡を直接見ることができる数少ない機会です。お近くの方は是非足を運んでみてください。

◎日時:2015年12月1日~2016年2月28日まで
 午前9時~午後5時(入館は4時30分まで)
 ※新発見の現物展示は12月23日まで
◎場所:新宮市立佐藤春夫記念館(〒647-0081 和歌山県新宮市新宮1)
 http://www.rifnet.or.jp/~haruokan/index.html
◎入館料:310円(小・中学生は150円)






 

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佐藤春夫読本

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辻本雄一 監修/河野龍也 編著

定価3,456円(本体3,200円)

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