勉誠通信33号(2011/8/12発行)

 

インタビュー:人と自然のありようを考える

アジア遊学143

『環境という視座 日本文学とエコクリティシズム』

立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科教授
野田研一(のだ・けんいち)


アジア遊学『環境という視座 日本文学とエコクリティシズム』は、「エコクリティシズム」という観点から、日本文学を、日本文化を再構築することを目論み、様々な角度から「人類と自然」の関係を論じた一冊です。そこで今回の勉誠通信では、編者の野田研一先生に、耳慣れない言葉である「エコクリティシズム」とは何なのかを解説していただきました。


 エコクリティシズムは広義の環境研究の一部として意識されているようですが、一般的に見て、文学研究と環境研究との結びつきには意外な印象を受けます。

A 文学研究が環境研究の一部になり得るという認識はまだ定着しているとは言いがたいでしょうね。また、じっさい、こういうエコクリティシズム的なアプローチは、文学研究の側からも環境研究の側からもどこか懐疑的に見られている。文学の側からは、そこにある種の環境主義的イデオロギーを持ち込むのではないかと警戒され、環境の側からは、文学というあまり現実的でも実践的でもない思想を持ち込むだけと思われるわけです。
エコクリティシズムがかなり浸透しているアメリカの場合は、そういった段階は脱したと思われますが、それ以外の文化圏ではまだまだこれからという状況だと思います。

 エコクリティシズムはどういうかたちで環境研究に貢献できるのでしょうか?

 大雑把に言えば、環境歴史学に対応する貢献が大きいのではないかと考えています。
環境歴史学は、環境史と生態史に大きく二分され、前者が人文社会系、後者が自然系ですが、そのなかでもとくに、感性と表象の歴史学とでもいうべき領域ですね。
エコクリティシズムの中心的な部分は、文学作品を通じて、人間は自然をどのように感知し、認識し、表象してきたかという歴史的経緯を明らかにしようとするものです。その場合、あえて感性の歴史学と言ったのは、文学作品は直接的な、あるいは感覚・感性的な経験の世界を言語化しているという意味で、いわば 〈感性の記録〉という独自の要素を持っているからです。
もちろん、ハルオ・シラネ氏(コロンビア大学)が問題化しているように、感性的世界もまた組織化され、コード化されている側面もあるわけです。こうした〈感性のコード化〉そのものも直接的な経験世界との落差として問い直すことができる。
自然との関係を人間の内面深くにまで立ち入ることができるのは文学ならではないでしょうか。そこにエコクリティシズムの他分野にない貢献があると思います。

 

 エコクリティシズム的な視点から、とくに注目しておられる作家や作品を教えてください。

 最近ではありませんが、宮崎駿の『もののけ姫』(1997年)は衝撃でした。あの作品の舞台「シシ神の森」は、およそ日本的な自然とは懸け離れた、アメリカ的なウィルダネス観念の具現のような設定で、このような「歴史劇」 が日本映画に登場したことに驚きました。日本の歴史のどこかで、私たちは原自然とでもいうべきものを失った。言い換えれば、私たちは本来的な自然とは異なるものを〈自然〉と見なして生きてきたのではないかという問いを突きつけます。
石牟礼道子『苦海浄土 わが水俣病』(1970年)は、すでに日本の最も重要な環境文学作品として国際的に認知されていますし、私もいつか論じてみたい作品です。
比較的最近のものでは、加藤幸子『ジーンとともに』(1999年:のち『心ヲナクセ体ヲ残セ』2008年 に所収)も衝撃的な作品でした。鳥の世界を鳥の視点から描く、擬人化ならぬ「擬鳥化」小説です。こんな実験的な作品が現代日本に登場していることに瞠目します。他者としての自然の問題をもっとも重視して書いている稀有の作家です。
最後に挙げたいのは梨木香歩『渡りの足跡』(2010年)です。昨年度、読売文学賞を受賞しましたが、鳥や自然に関する並外れた知識と関心に基づく見事なネイチャーライティングです。この作品の登場によって、日本のネイチャーライティング史への関心が強まるのではないかと期待しています。(終)

詳細はこちらから

 環境という視座 日本文学とエコクリティシズム

環境という視座 日本文学とエコクリティシズム

渡辺憲司/野田研一/小峯和明/ハルオ・シラネ 編

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他にもこんな書籍が出ています。

  • 『苦海浄土 わが水俣病』石牟礼道子、講談社
  • 『ジーンとともに』加藤幸子、新潮社(『心ヲナクセ体ヲ残セ』角川書店にも所収)
  • 『渡りの足跡』梨木香歩、新潮社
  • 『水の音の記憶 エコクリティシズムの試み』結城正美、水声社
  • ユリイカ 詩と批評『特集 ネイチャーライティング』(1996年3月号)、青土社

野田先生のインタビューはこちらでも読めます

【asahi.com ニュースの視点(教授コラム) 立教ジャーナル2011 (3/2)】