版画技法の到達点―『木口木版のメディア史』刊行記念特集

 

特集について

 「木口木版」とは、明治20年頃に西洋から大々的に導入された複製技術で、写真印刷の技術が発達していない時期に災害情報や世界のニュースをリアルに伝えるものとして、当時多くの教科書や雑誌・新聞等で利用されました。本特集では、『木口木版のメディア史―近代日本のヴィジュアルコミュニケーション』の刊行を記念して、明治の人々の目を魅了した版画技法の到達点と、この本に掲載された図版の一部を本文とともに引用し、木口木版の魅力に迫っていきます。

 

刊行によせて

 生巧館が残した木口木版の試し刷り数千点を初めて見た時、間近でわかる技術の細かさ、摺りの美しさ、多ジャンルにわたる図の面白さに研究メンバー皆が夢中になりました。図版の魅力をできるだけ紹介しつつ、日本の木口木版の歴史を体系的に伝えることを目標に本書は編纂されています。その内容は木口木版の当時の多面的な活躍ぶりが反映され、銅版、石版などの印刷技術の系譜から新聞附録、雑誌、教科書に見られるヴィジュアルの特徴、海外のニュースと原図をめぐる問題や戦争の図解など様々で、読み手の興味関心に合わせてどの章、論考からでも入れる構成となっています。また図版は国文学研究資料館所蔵の新資料を多数掲載できただけでなく、蔵書家の執筆者に恵まれたおかげで通常は入手困難な架蔵品までも多く紹介することができました。
 木口木版は一時期大流行した複製技術でしたが、このテーマだけで論集が組まれるのは今回が初めての試みです。馴染みの無い方には目新しく、既に知っている方にも新知見に富んだ一冊となっています。多くの方に手にとって頂けることを願っています。

石井 香絵

 

木口木版とは?

 木口木版とは、画家による下絵をもとに、図案が浮き出るように木板を彫り上げていく複製技術のことで、19世紀に英国のトーマス・ビューイック(Thomas Bewick)によって始められた。もともと銅版彫刻師であった彼は、さらなる研究の過程で古い木版彫刻法に出会い、彫刻刀の使い方や版木の板目ではなく木口面に彫る技法開発に着手した。(本書2頁)


田子の浦からの富士山


生巧館「(田子の浦からの富士山)」(『国民新聞』第11号附録、明治23年2月11日)(本書113頁より)。緻密なハッチングによって細部まで描かれ、立体感や濃淡が表現されている。


 この技法は、それまでの板目木版が梨などの木の木目に沿って垂直方向に切られた板を用いるのに対し、それよりも堅い柘植の木を、目の詰まった水平方向に切り出して用いた。加えて、彫版にそれまで銅版で用いられてきたビュランという道具を用いることによって、板目木版に比べより銅版に近い緻密な線を彫ることができ、また線刻だけではなく白抜きした部分を生かして明暗の階調や立体感を表すこともできた。(本書200頁)


※ビュラン   銅板や木口木版の版を彫刻するために用いる、菱形の断面をもつ刃先の鋭い彫刻刀。


※ハッチング   密接した多くの平行線を用い、線によって明暗や陰影を表す技法。角度の違う線を交差させて重ねる場合には、クロス=ハッチングと呼ばれる。


 ジョーヂ殿下御肖像


『東京朝日新聞』第1938号附録(明治24年5月16日)に掲載された「希臘親王ジョーヂ殿下御肖像」清刷り(本書口絵12より)。一見すると写真のようにみえるが、拡大すると細かなクロスハッチングによって陰影や明暗、立体感を表現していることがわかる。



 なお、木口木版ではこのクロスハッチングを多用することで、まるで写真と見まがうほどの立体感を出しているが、製版でそれを再現する際、一般的な網点印刷(規則正しく並ぶ丸点の大きさによって濃度を表す)では、モアレ(規則正しい模様の微妙なずれが元で印刷仕上がり時に生じてしまう、意図しない縞模様)が多発してしまう。そのため、本書ではFMスクリーニング(肉眼では確認できないほどの細かな点の密度によって濃度を表す)という高精細印刷を採用し、モアレを避け、かつ、木口木版の精細緻密な表現を再現した。


 

明治・大正期の視覚(メディア)を席捲

 木口木版は、ことに新聞や雑誌の図版に用いられることが多かった。ジャーナリズムに木口木版が歓迎されたのは、それが同じ凸版である活版に組み込めたからである。つまり、たとえば新聞に凹版である銅版の挿絵を入れようとすれば、刷りのシステムが違うから、文字と図版とは別に分けて印刷しなければならないが、木口木版ならば一度に印刷ができる。しかも木口版は、電胎版(電気版)と呼ばれる金属凸版にうつされて実際の刷りに使用されたので、量産にもよく耐えた。(本書59頁)


日本之少年


『日本之少年』第2巻第14号表紙(明治23年)(本書151頁より)


 木口木版の全盛期・実用期は、明治20年初頭に日本に導入されてからの30年あまりであった。写真製版技術の進展が著しく、新聞を筆頭に次第に姿を消してしまった。(本書11頁)


 本書では、特に全盛期と言える明治20~30年代を中心に、多彩なジャンルの作品約400点以上を掲載した。これらを見ると、ものや人物やカタログに用いられた作品はその精巧な線に目を奪われ、災害や戦争を伝えるための挿絵は、驚くべきリアリティとインパクトをもって今なお私たちの目に迫ってくる。明治期の人々が見た<世界>がいかなるものだったのかが、掲載図版の一枚一枚から感じられる。

 

生巧館の清刷り(試し刷り)と国文学研究資料館コレクション

 この木口木版に留学先のフランスで着目し、徒弟制度の中で技術習得をして帰国したのが合田清(ごうだ・きよし)であった。彼はフランスで知り合った画家の山本芳翠とともに彫刻技術伝授の工房「生巧館(せいこうかん)」を設立し、指導育成にあたると共に、この新しい画像彫刻の木口版を印刷の版として普及させた。(本書3頁)


エミール・アダンの「帰路」 エミール・アダンの「帰路」


エミール・アダンの「帰路」《一日の終わり》の清刷り(反転)(本書口絵6より)


 この高い技術力をもって設立された生巧館の最初の仕事は、文部省編輯局が発行する『高等小学読本』挿絵と、『毎日新聞』『東京朝日新聞』の絵附録であった。『東京朝日新聞』創刊号には生巧館の「貴顕之肖像(明治天皇像)」が絵附録としてつけられたが、この明治天皇肖像を西洋の技術によって表現するというこの試みは大いに注目を集め、後には附録だけ再販されたほどであった。



明治21 年7 月10日に創刊された『東京朝日新聞』附録の「貴顕之肖像」(明治天皇像)(本書口絵7より)


 さらに1ヶ月後の8 月1日には、同じく山本、合田による「磐梯山噴火真図」(本書口絵9に掲載)が付録として発行された。7月15日福島県会津地方磐梯山で起きた大噴火に際し、朝日新聞から委託を受けた山本は現地に赴き下図を完成させ、合田はこれを二日一晩かけて彫刻し原版を制作したという。

 いずれも大変な反響を呼び、生巧館の名は設立間もない時期より広く知られることとなった。(本書94頁)


* * *


 本書の出版は、国文学研究資料館に所蔵された、生巧館が残した木口木版の清刷り約6700点の調査を契機としている。清刷りとは印刷前の試刷りのことで、仕上がりの確認や割付に使う仮の図版であるものの、印刷の状態に影響を受けないため鮮明な摺りの状態が保たれている。薄葉紙に版木から直接職人の手で摺り出された美麗な作品群は、年代は明治20年代から大正期までと幅広く、質量ともに工房の活動を見渡せる稀有なコレクションである。(序言1頁)


『近世動物学教科書 近世理科叢書』


『近世動物学教科書 近世理科叢書』(開成館、明治36年)に掲載の「ミヽヅクの一種」清刷り(本書口絵42より)。校正(朱)が入っている。


 

最後に

 本書は、木口木版と生巧館に関する詳細な論考とともに貴重資料を400点以上掲載し、出版史、印刷史をはじめ、メディア史、美術史等、さまざまな分野において重要な一冊となりました。また、大きく掲載したカラー口絵約60枚は細部の精細緻密な一線一線まで確認することができ、資料・図録としてもお楽しみいただけます。写真とは趣異なる明治・大正期の緻密で美麗な<世界>をぜひご堪能ください。


 

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木口木版のメディア史

木口木版のメディア史 近代日本のヴィジュアルコミュニケーション

人間文化研究機構 国文学研究資料館 編

定価8,640円(本体8,000円)

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