
2015年より刊行を開始した、早稲田大学名誉教授・中野幸一氏による『源氏物語』の全訳、『正訳 源氏物語 本文対照』が、このたび完結いたしました。
日本が誇る古典の最高峰『源氏物語』。
平安時代に書かれたこの物語は、いつの時代も読者を魅了してきましたが、千年前に書かれた本文は、もはや、読みこなすことが困難です。
そのため、これまで名だたる作家や研究者によって現代語訳が試みられてきています。
しかし、わたしたちは、『源氏物語』の本文を忠実に訳した、「本物」の現代語訳を読んできているといえるのでしょうか?
これまでの現代語訳では、物語の本質である「語り」の姿勢が重視されていないのではないか?
訳者が物語世界に入り込むあまり、想像が拡がり、本文を離れた表現になっているのではないか?
改めて、紫式部の書いた本文をできるだけ尊重し、訳したい。
そうした思いから、平安文学研究者である中野幸一氏が全訳を決意され、『正訳 源氏物語 本文対照』が誕生いたしました。
約2年の期間をかけて、ついに全十冊が揃った本書は、美しく正しい日本語で、本文の語り言葉を忠実に再現した最上の現代語訳です。
また、原文と対照して読めるので、本書が忠実に訳されていることを体感できます。
さらに、各巻末には、より深く源氏物語の世界、平安朝を知るための充実の付録と論文を掲載しています。
ぜひ、本書をお読みいただき、源氏物語の世界をご堪能下さい。

朗読会情報
昨年(2017年)ご好評いただきました、紺野美沙子さんによる『正訳 源氏物語 本文対照』の朗読が、2019年新春、バージョンアップして、兵庫県、滋賀県、岡山県で開催されます。
また、第一部トークセッションでは『源氏物語論―女房・書かれた言葉・引用』の著者、陣野英則先生がご登壇されます。
お近くの方、ぜひ足をお運び下さい!
★紺野美沙子の朗読座 新春公演2019
「源氏物語の語りを愉しむ―紫のゆかりの物語」
第一部 トークセッション
~「紫のゆかりの物語」をより楽しむために
ゲスト
陣野英則(早稲田大学教授)
第二部 朗読「紫のゆかりの物語」
~「若紫」「葵」「須磨」「松風」「若菜上」「御法」「幻」各帖より
共演
中井智弥(二十五絃箏)
相川瞳(パーカッション)
◎日時・会場
2019年1月4日(金)14:00開演
兵庫県立芸術文化センター(兵庫県)
→ https://bit.ly/2CWzROr
2019年1月5日(土)14:30開演
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール(滋賀県)
→ https://bit.ly/2J9dOnX
2019年1月12日(土)14:00開演
勝央文化ホール(岡山県)
→ https://bit.ly/2q6hVZw
2019年1月13日(日)14:00開演
加東市滝野文化会館ホール(兵庫県)
→ https://bit.ly/2AlxjXQ
*紺野美沙子の朗読座 詳細情報
→ http://konno-misako.com/next-stage
メディア紹介情報
各種メディアでご紹介いただきました。
「神奈川新聞」(2017年7月12日号)
「タウンニュース」(2017年7月21日号)
「古書通信」(2017年7月号)
「図書新聞」(2017年8月12日号)
完結のことば
このほど、以前からの念願でありました『正訳源氏物語本文対照』全十冊が完成しました。
著名な作家や学者の口語訳は幾つもありますのに、あえて改めて『源氏物語』の口語訳を試みようと決意したことにつきましては、私なりの大きな理由が二つありました。
その一つは、従来の口語訳の多くが、物語である『源氏物語』の語りの姿勢を無視して、書き言葉の「である調」で訳されていることへの違和感がありました。
もう一つは、従来の『源氏物語』の訳に、本文から離れている所が少なくないことへの不満がありました。それは著名作家の訳に多く見られるのですが、しかしこのことはその作家が作家なりの解釈で工夫し創作した訳文ですから、それこそがその作家ならではの個性的な魅力として評価されるべきでしょう。
ただそのような本文離れは、部分的にもせよ紫式部の書いた『源氏物語』からは離れてしまっていることも事実ですから、読者は厳密に言えば紫式部の書いた『源氏物語』をきちんと読んでいないということになるでしょう。研究者の立場からは、『源氏物語』の口語訳としてこれでよいと容認することは、いささかためらわれるのです。私としては紫式部の書いた物語本文を、もう少し大事に扱いたいと思ったわけです。
この口語訳の仕事を通して、『源氏物語』の本文のすばらしさを再認識し、本文以上のものはないことを痛感しつつも、一層よりよい口語訳を目ざして努力したいと存じております。読者の皆様には、今後ともより一層のご支援、ご教導を賜りますよう、お願い申し上げる次第です。
推薦のことば
中野先生の訳は優しい語り口で、すっと心にしみ入ります。
第一印象は、朗読にもぴったり。朗読してみたい、と思いました。
今回、ご縁を頂いたこと大変嬉しく感謝しております。
「かたり」の現代語訳
中野幸一氏は研究者として論文を書き、資料紹介をするだけでなく、稀代の古典籍蔵書家として、その蔵書の多くを『源氏物語資料影印集成』(全12巻)、『奈良絵本絵巻集』(全12巻別巻3巻)、『源氏物語古註釈叢刊』(全10巻)、『九曜文庫蔵源氏物語享受資料影印叢書』(全12巻)などで、惜しみなく研究者や古典愛好者に開放してこられた。その中野氏が、『源氏物語』の現代語訳に挑戦される。
訳文は、「ものがたり」の本質を醸し出すべく、「ですます調」を採用するという。かつて『源氏物語評釈』の著者玉上琢弥氏は、『源氏物語』の文体について、光源氏や紫の上に近侍した女房が語った内容を、聞き手の女房が筆記した、というスタイルを採っていることを指摘した。このたびの現代語訳はそのような「かたり」再現の実践でもあろうか。
他方、現代語訳の下欄に原文を対照させるという構成は、原文からの飛躍を禁欲する「正訳」の節度を示して奥ゆかしい。
新しい現代語『源氏物語』の誕生を鶴首する。
物語は物語のように
物語は物語のように。
中野幸一氏の現代語訳で「源氏物語」を読みながら、私は一度ならず耳底にこの囁きを聞く思いであった。
物語の地の文は、現在形の「ですます調」で進む。各頁、訳文のすぐ下には対照できる原文があり、すぐ上には簡明な註も用意されている。原文尊重で読者にもありがたいこの組み方には、一入のご苦労を想像した。
何はともあれ、平明な訳文で読み易い。文言の難解や晦渋に立ち竦むこともなく、説得されるままに訳文を追う。
平明や簡明は、単純や幼稚とは違う。他人を説得できるやさしい物言いは、なまじいな有識者ではなく、事や物に、自分の言葉で深く関っている人だけのもの。中野氏のやさしい物言いの根が、たとえば「源氏物語古註釈叢刊」(全10巻)のような、積年のご研究に届いていることに私は感銘を新たにする。
物語は物語のように。
「源氏物語」の碩学が、万感をこめて、今はじめて世に問われる現代語訳には、言葉で浮き沈む人間の魅力がいっぱい詰まっている。
専門家のわかりやすい現代語訳を
『源氏物語』が世界に冠たる大河小説であることは論をまたない。評価のものさしはいくつか考えられるが、小説家である私が驚嘆するのは、これが19世紀から20世紀にかけて達成された小説の黄金時代の要件を充分に含んでいることだ。ライトモチーフの保持、登場人物の多様性、四十一帖までの反省をふまえて宇治十帖を完成させていることなど、1000年も昔に、
――なぜこれだけのものが――
と信じられない。
この名作を原文で読むのが一番よいのだろうが、そしてそのつもりになれば不可能というむつかしさではないのだが、やはり現代文への翻訳が適切だろう。谷崎潤一郎、円地文子、瀬戸内寂聴……私はA・ウェイリー、E・G・サイデンステッカーの英訳まで瞥見したが、それとはべつに専門家によるわかりやすい現代語訳を鶴首し望み、その完成は真実珍重すべきものである。期待はとても大きい。
中野幸一氏は早稲田大学の教授でいらした、古典文学の泰斗だ。かつて同学で岡一男先生の示唆で『源氏物語』に親しんだ者として、このたびの快挙にはことさらに大きな拍手を送りたい。
「正訳」出現の意義
中野幸一先生が『源氏物語』の「正訳」を出されるという。とうとう、と云うべきか、やっとというべきか。『源氏物語』の現代語訳は作家によるものでも、与謝野源氏あり、谷崎源氏あり、さらに円地源氏、瀬戸内源氏などになると現代語訳を越えて創作的描写も加わり、作家独自の源氏世界が展開されるが、そこには、作家たちがのめりこんだ原作の魔力を、何とかして現代読者に伝えたいという悲願が籠もる。そこへいくと研究者の訳文は、原文の呼吸をいかに現代文で再現するかが身上で、鎬を削ってきた歴史がある。その厖大な蓄積の上に立って、古代的心性の理解と普及に精魂を傾けて来られた著者ならではの訳語選択が、ここに新たな「正訳」出現の意義を語る。
私はたまたま、中野先生が源氏を読んで居られるサークルや市民講座の受講生から、その評判を仄聞する機会に幾度か恵まれた。そして、受講生ならずとも、その語感や世界観の余慶にあずかる機会は無い物かと思って居た。その願っても無い機会がこういう形で実現したことを共に喜びたい。
職人の訳の魅力
「原文を読みこなす」という憧れの至難の業を、まことにリアルなかたちで体験させてくれる現代語訳だ。ありそうで、なかった、と思う。
『源氏物語』の現代語訳は、これまでにも優れたものが出されてきた。それらの訳者は、私たちにわかりやすく面白く『源氏物語』を語ってくれる。○○源氏、と呼ばれたりもするその訳は、それぞれの訳者の語り口こそが、魅力だった。
本書の特徴は、訳者の語り口ではなく、原文の語り口を最大限に生かしていることだろう。「モトが素晴らしいのだから、私ごときが味つけなどしなくても」という研究者の先生らしい一歩下がった姿勢が貫かれている。仕事をしたことを感じさせないのが、真の職人技と言われるが、そういう職人の訳なのだと感じる。こんなに原文に忠実なのに、なぜ無味乾燥にならず、しっとりと心に届くのか。
それこそが職人技だから、としかいいようがない。
本書の特色
1.美しく正しい日本語で、物語の本質である語りの姿勢を活かした訳。
2.物語本文を忠実に訳し、初の試みとして、訳文と対照させ、物語本文を下欄に示す、本文対照形式。
3.訳文に表わせない引歌の類や、地名・歳事・有職などの説明を上欄に簡明に示す。
4.敬語の語法を重視し、人物の身分や対人関係を考慮して、有効かつ丁寧に訳す。
5.物語本文で省略されている主語を適宜補い、官職名や女君・姫君などと示される人物にも適宜、( )内に呼名を示し、読解の助けとする。
6.訳文には段落を設け、小見出しを付けて内容を簡明に示す。また巻頭に「小見出し一覧」としてまとめ、巻の展開を一覧できるようにした。
7.各巻末に源氏物語の理解を深めるための付図や興味深い論文を掲載。
本シリーズの内容見本
本シリーズの内容見本です。上段に現代語訳を、下段に原文を配置しています。