邪馬台国問題を解く―安本美典氏、新刊2冊刊行記念特集

 

「邪馬台国=九州説」の代表的論者・安本美典氏の新刊が2ヶ月連続で刊行されます。
刊行に合わせまして、著者である安本氏に、本書への思いを語っていただきました。

はじめに

日本の古代史は、うっそうとした森です。
歴史は、だれが、いつ、どこで、なにをしたかを復元しようとします。
考古学では、なにが、いつ、どこにあったかを探究します。それだけでは、「だれが」がぬけがちとなってしまいます。
文献学は、その文献が、いつ、どのように成立したかなど、文献そのものの探究が、主になりがちです。その文献が、情報としてどのような史実を伝えているのか、あるいは、伝えていないのかなどの、客観的な吟味が、抜けがちとなります。従来の津田左右吉流の、文献をただ疑うという方法では、しばしば、重要な情報を捨てさることになります。
すでに、文献学的、考古学的、あるいは、炭素14年代測定法、年輪年代測定法などのデータは多くあります。必要なのは、それを、正しく、客観的に、総合する論理です。
現在、ビッグデータ(パソコン、報告書などに含まれている多量のデータ)を、総合的に処理する技術が、発展してきています。
統計学や、コンピュータ技術の進展は、諸データを統合する論理、大きな潮流をつかむ論理を提供してくれます。
私は、数理歴史学の立場から、ビッグデータを処理し、日本古代史を、復元することをめざしています。

安本美典

安本美典氏、新刊かく語りき

◎『日本民族の誕生』について
私たちは、どこから来たのでしょう。
「三つ子の魂百までも」ということばがあります。おさないときの性質や特徴は、あとあとまでのこる、ということです。
このようなことは、「民族」についてもいえるようです。日本民族が、列島というゆりかごのなかで、波の音を子守歌として聞いていたとき、形づくられた性質が、現在の私たちの考え方や、行動を規定しているところもあります。
この本は、日本民族の誕生についての本です。「日本人の起源」の本とは、少し違います。
「日本人の起源」関係の本では、日本人の遺伝的な特徴が、世界のどこの地域の人に近いか、などが主に論じられています。
「民族」ということばは、たんに、生物学的な遺伝的特徴を中心とする概念ではありません。「言語」とか、「文化」などの特徴も含めて議論する概念です。
たとえば、日本語は、どこから来たのでしょう。稲作は、どこから来たのでしょう。『魏志倭人伝』に記されている「下が短く、上が長い」特徴のある弓は、どこから来たのでしょう。鵜飼や竹馬などの習俗は、どこから来たのでしょう。
私たちが、外国にでたとき、日本的なものとして、なつかしく感じるもろもろの文化は、いつ、どこで誕生したものでしょう。
この本では、そのようなことを調べて考えてみました。
いまから四万年か三万年まえに、私たちの祖先は、この日本列島にたどりつきました。
そして、多くの想像を絶する破滅的な災厄にもあいました。
縄文時代には、南九州で、破局的な、火山の大爆発がありました。そのため、西日本はほとんど壊滅状態になったようにみえます。
しかし、稲作が到来し、弥生時代がはじまるとともに、人口は、急速に増大します。
縄文時代が、ある種の楽園であったように書いてある本がありますが、それは、誤りだと思います。
やはり、稲作によって、豊かになり、日本文化の基本的な特徴が形づくられたようにみえます。
縄文時代以来の極東アジアの古文化を母胎とし、そこに、中国の長江(揚子江)流域などの江南文化が流入融合し、日本民族が誕生したようにみえます。

◎『古代年代論が解く邪馬台国の謎』について
歴史上のことを考えるさいに、「年代」が必要であることは、地図に、緯度や経度が必要であるのにも似ています。
たとえば、第十代の崇神天皇は、実在の人であるとして、いつごろの人なのでしょうか。
ある事件がおきたのは、いつなのか。ある遺跡や遺物などは、いつ、つくられたものなのか。
「年代」は、歴史を構成する背骨となるものです。
しかし、日本古代史のばあい、この「年代」という骨ぐみじたいが、いまだにグラグラしています。
日本古代史混迷の原因は、年代論にあるといっても、いいすぎではありません。
考古学者は、古墳などの築造年代を、古く古く位置づける傾向があります。いわゆる「年代遡上論(ねんだいさくじょうろん)」です。
いっぽう、文献学者は、文献の記述を疑い、大和朝廷の成立の時期などを、新しく新しく見つもる傾向があります。
前方後円墳の築造などは、大きな権威の存在を思わせます。そして、前方後円墳は、しばしば、天皇陵と関係して語られます。
大和朝廷の天皇の権威は、古く成立したのか、新しく成立したのか。矛盾は、とても大きくなっているようにみえます。
文献にもとづく年代論には、長い歴史があります。古くは、『日本書紀』に示されている年代があります。これは、『日本書紀』編纂時の年代論にもとづくものです。
明治期に、東洋史学者の那珂通世(なか・みちよ)があらわれ、『日本書紀』の年代論を批判しました。
これは、画期的なものでした。
最近では、統計学を援用した統計的年代論が発展しています。古代諸天皇の平均在位年数などにもとづくものです。
統計的年代論にもとづく年代推定の誤差は、せいぜい、数十年の単位のようにみえます。
これに対し、たとえば、炭素14年代測定法による年代測定の誤差は、試料として、木材を用いるか、土器付着炭化物を用いるか、クルミや桃核(桃の種の固い部分)を用いるかによって、数百年の単位でくいちがいを生じます。
どの年代情報が信用できるのか。
この本では、年代論を、基礎的なことがらから検討し、しっかりした年代のワクグミの上にたって、邪馬台国問題を解決しようとしました。

安本先生インタビュー

◎邪馬台国論争の一番の問題点

◎今後の執筆の構想

◎邪馬台国論争が解決する日は来るか

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