「人」と「知」の織りなす出版文化史
文運東漸を経た上方の文壇・出版界に一つのベストセラーが誕生した。秋里籬島による『都名所図会』である。同書は博引旁証かつ平明な解説記事に、「図会」として精密な俯瞰図と風俗画の挿絵を多数取り入れるという斬新な形式によって大きな成功を収め、後世に至るまで繰り返し板を重ねていった。
しかし、この出版文化史上の一時代を築いた名所図絵の類は、既存の所謂「文学」ジャンルの範疇では捉え難いものとして、これまで深く研究が為されることはなく、作者・秋里籬島についても、その伝記研究を含め、多くが検証されないままにおかれていた。
本書では、この諸ジャンルの複合体としてある『都名所図会』の作者・秋里籬島の伝記・著作を多角的に検討することにより、同時代の文壇との接点や交遊、執筆活動を支えた書肆との関わりなどの人的ネットワーク、そして著作の背景にある同時代的な「知」の基盤を浮き彫りにし、変動期の上方における文化的状況と文芸形成の動態を明らかにする。