刊行に当って
国宝の『伴大納言絵詞』は、『源氏物語絵巻』などと共に、日本の四大絵巻の一つとして著名なこと今更いうまでもないが、八百余年の星霜を経た絵巻だけに、残念ながら剥落や損傷も少なくない。
この度公刊する冷泉為恭模写の『伴大納言絵巻』三巻は、復古大和絵派の絵師として、歴史画を得意とし、有職故実に詳しい為恭の模写というばかりでなく、国宝の絵巻の剥落欠損の部分をすべて復元している点、きわめて珍らしく、価値の高い絵巻と考えられる。
通常絵巻の模写は、剥落損傷や虫損の部分までも細密に写し取る、いわゆる剥落写であるが、為恭の模写は、できるだけ原絵巻の当初の姿の復元を目ざしたもので、剥落損傷部分はもとより、彩色紋様に至るまで鮮明に復元している。
とりわけ注目すべきは、国宝の絵巻が大きな損傷のためにほとんど欠けてしまっている騎馬の人物や、火炎を見上げる群衆の剥落した姿が、全く違和感なく見事に復元されていることである。しかも驚くべきことには、国宝の絵巻を見る限りその存在すらも知られなかった人物がはっきりと描かれており、国宝の絵巻の当初の姿を伝えるものとして、その資料的価値はきわめて高いと思われる。
さらに為恭は、この絵巻の模写のために、幕末の世情不穏な時期に、原絵巻の所蔵者酒井若狭守の京都所司代邸にしばしば出入りしたために、勤皇の志士につけ狙われ、大和丹波市まで逃れたが、そこで四十二歳の命を落としている。その点この模写絵巻は、まさに為恭が命をかけて写したという、悲惨な歴史的背景をもった作品としても興味深い。
このたび、この冷泉為恭の復元模写『伴大納言絵巻』三巻を、絵巻出版では技術的にも定評のある勉誠出版から、美しいカラー版で公刊することになった。国宝の『伴大納言絵詞』をさらに深く鑑賞するためにも、またもとの姿を推量しうる新しい研究資料としても、この復元絵巻が多くの方々に迎えられ、お役に立つことができれば幸いである。