横浜に上陸したハーンは青い瞳の混血児を見てハッとした。
ダブリンの少年時代のみじめな自分を思い出したからである。
そんなハーンはいかにして捨子の境涯から脱け出し、救われたか。
Un homme qui se baigne se sent partout chez lui.
平川の新著は、泳ぎを習い、自立し、日本でアット・ホームとなるハーンを描く。
ハーンが泳いだ海で著者は泳ぐ。九月半ば、西日の傾くアイルランド。同行の男は海に足を入れて引っ込め、女は寒さに首を縮める。だが「温かい。メキシコ海流だ」と七十過ぎの平川がトラモアの海から上がってくる。「tough」と運転手が言う。この学者はマルティニークでも焼津でも、ハーンについて講演した後で、泳ぐ。その著者は新刊『ハーンは何に救われたか』で、人生の荒波を泳ぎ抜くハーンの自立への軌跡をたどる。著作集第十巻から十五巻にいたる六冊のハーン研究の掉尾を飾るこの大冊も、日本人の手になる外国文学研究の典型として末永く読まれるであろう。
〈優しかる学者にあらずば優しかりしハーンの姿斯くは描き得じ〉(市原豊太)。