国家が変わるとき、芸術も変わる
いかなる体制も、交代すると自己の正当性の確立のために、前体制の価値観を否定する。これは繰り返されてきた歴史の法則である。
明治維新のとき、徳川幕府は悪者にされた。清朝を倒した中華民国ができたとき、封建体制は全否定された。
全く同様に、1949年の新中国の創設でも、民国時代の政治・文化・経済・社会は、みんな暗黒のものとされた。
かつてほぼ「価値のない」「ブルジョアの」「腐敗した」と決め付けられていた、民国期の美術を取り扱うときには、ひととおりそのことを頭の隅に入れてかからねばならない。
とくに文革終結以前の大陸では、戦前の文化に就いては日本のそれも含めてほぼ全否定であった。弁証法的な発展史観では、そうでなければ自国文化の存在証明ができなかったのだ…。
日本美術の影響下に覚醒し、ソ連美術の影響下のもとに成長した中華民国期の美術。
新中国の体制下で見失われていたその豊穣を新たな目で検証する。
*「民国期美術」とは…
「民国」は「中華民国」のことであり、やや厳密に定義すると「清末から民国初年を始まりとして中華人民共和国成立時期頃までの美術をここでは『民国期美術と定義する」ということになる。そして扱う地域は、大陸中心にその影響の及ぶ地域を含めている。