神信仰をはじめとする日本固有の思想・宗教などを、異文化交流の視角から捉え直し、日本文化を世界歴史の中に相対・客観化し位置付ける意欲作。
本書は、古代日本の神信仰、または神道を核とする信仰、宗教、それを具現する祭祀、儀礼など、日本の固有文化の歴史的特質に直接、間接につながる問題を取り上げ、全体として日本と東アジアの「異文化交流」というキーコンセプトを基本に据え、その視座に立った様々な分野からの学的アプローチによって実態と意義に迫る三七編の論文を集成したものである。
古代日本の神信仰と祭祀、それと密接に関連する仏教をはじめ、道教、陰陽道などの信仰、意識、その複合した宗教構造や歴史過程を主な対象とするのは当然であるが、隣接する中国、朝鮮半島、日本北方の各種の信仰や祭祀の事例をも多数取り上げており、総じて、本書は東アジアのなかの古代日本の神信仰、神の文化を論じた特色ある内容となっている。
古代日本の信仰、宗教に見られる文化のありかたを、異文化交流の視角から考えることの意義は二つあるであろう。一つは神信仰などを日本の原始社会以来の固有信仰、基層信仰として超歴史的に見なす嫌いのある現在までの歴史観、文化観に対して、歴史学的な立場、方法をもとに捉え直すことである。神信仰や神道の成立の研究は、神道史、神社史自体としても進めることももちろん可能であるが、神仏習合に典型的に見られる中世以降の神道の他宗教との共存や対抗の歴史に知られる通り、日本内部の異文化交流として、その成立、変遷、変貌の過程と要因、背景などを理解するほうが、むしろ神信仰、神道の特質を浮き彫りにし易いという側面がある。もう一つは、日本に接し、宗教文化の伝播などに多くの影響を及ぼした中国、朝鮮半島を含む、東アジア諸国、諸地域での信仰や宗教の史実を理解し、その交流史や比較史の観点によって、日本の宗教、ひいては文化全般の形成や構造の普遍性と特殊性を明らかにする端緒を掴むことができる。神信仰は東アジアの宗教世界だけでなく、世界各地の歴史的習俗として現在まで存在する。日本の神道文化を東アジアのみならず、世界史のなかに相対化、客観化して位置付けることができるのである。このような、神信仰、神道文化を歴史的コンテクストのなかで見通したり、あるいは東アジアのなかで位置付けたり、性格を論じたりする研究は、これまで意外なほど稀である。こうした課題に向かって、多様で豊富な基礎的事実を集積し、議論を組み立てる試みを、まず学界内外に呈示することが、本書を刊行する大きな眼目である。
本書の内容は多岐にわたり各論文間に不統一の感があるのを否めないが、ここに盛込まれた異文化交流史の多様性をふまえ、歴史学と関連諸学が提携しつつ学問体系化を目ざすことが次の課題である。おそらく日本史、あるいは古代史の分野で「異文化交流」と銘打った初めての成果であり、今後の日本とアジアの異文化交流史研究の進展のために、日本、海外の学界に発信され、貢献することを期待している。