●第一部　生活・風俗
夢　其の一花の夢 胡蝶に似たり 辰之介／榎本其角
夢　其の二夢なるかわが手枕に我ふれて　人のと思ひし閨のくろかみ／香川景樹
午睡午眠初めて覚む小亭の中　下の枕痕些か紅を印す／江馬細香　
老い　其の一衰や 歯に喰あてし 海苔の砂／松尾芭蕉
老い　其の二淋し身に 杖わすれたり 秋の暮／与謝蕪村
老い　其の三知らず身上残齢の減ずるを　猶お且欣々として寿巵を把る／菅茶山
老い　其の四爛漫と咲きぬるを見て霜にまだ　しぼめる老も春を知りぬれ／橘曙覧
病臥山窓の風日患い纔かに除き　試みに清和を趁いて寓居を出ず／柏木如亭
父母　其の一父母の しきりに恋し 雉の声／松尾芭蕉　
父母　其の二亡母や 海見る度に 見る度に／小林一茶
父母　其の三母のちゝ父のすねこそ恋しけれ　ひとりでくらふ事のならねば／頭　光
貧乏金を手に握りこぶしで我あだの　貧乏神のつらをはりたや／宿屋飯盛
花火物思へば川の花火も我身より　ぽんと出たる玉やとぞ見る／唐衣橘洲
相撲ふんどしに 御酒を上けり 角力取／小林一茶　
月見詩のさまも酒も李白によう似たり 戻りは足もよろ月の客／浜辺黒人　
歳暮芭蕉去て そのゝちいまだ 年くれず／与謝蕪村　
●第二部　飲食
飲酒　其の一大酒に 起てものうき袷哉／榎本其角
飲酒　其の二酒のみて見ればこそあれ此夕　雪ふみわけて往来ふ人は／田安宗武
飲酒　其の三人間常に愁う世と乖くを 老子常に喜ぶ酒と偕にするを／亀田鵬斎
飲酒　其の四世の中は色と酒とがかたきなり　どふぞ敵にめぐりあいたい／四方赤良
蕎麦磨に落つ玉白皚皚　素団円にして月様に開く／新井白石
煙草たのしみは心にうかぶはかなごと　思いつゞけて煙草すふとき／橘　曙覧
鰹魚　其の一新味初めて来たり店に上る時　万銭争い買い珠●より貴し／大窪詩仏
鰹魚　其の二江戸に生まれ 男にうまれ 初松魚／橋本泰里
河豚汁河豚喰ひし 人の寝言の 念仏かな／炭太祇
喫茶河上の湘簾午風に揺ぎ　売茶は却って住山翁に勝れり／売茶翁
●第三部　遊興・遊芸
吉原笑語低々として枕を閑却し　玉繊展べ得て郎に借して眠る／柏木如亭　
遊女こひ死ば 我塚でなけ ほとゝぎす／奥　州
芸妓引きたてて並ぶ芸者の車座に　中をくるりとまはす盃／宿屋飯盛
遊客傾城を殺して色客に成らんと欲す　自ら誇る諸事梅よりも粋／半可山人
衆道梅柳 さぞ若衆哉 女かな／松尾芭蕉　
役者わが庵は芝居のたつみしかぞすむ　世をうし島と人はいふなり／市川栢筵
琴三味線胸前斜めに抱きて人は玉の如く　按手は升降して弾手は煩し／市河寛斎
謡曲花の陰 謡に似たる 旅寝哉／松尾芭蕉
●第四部　風景・動植物
富士山　其の一層雲麓を成し雪峰を成す　秀色高標誰が為に容くる／菅茶山
富士山　其の二不二のねの麓をいでゝゆく雲は　あしがら山野みねにかゝれり／賀茂真淵
犬猫猫の恋 やむとき閏の 朧月／松尾芭蕉
狐狸公達に 狐化たり 宵の春／与謝蕪村
馬馬をさへ 詠むる雪の 朝かな／松尾芭蕉
蚤虱蚤の迹 それもわかきは うつくしき／小林一茶
蛙古池の 蛙老ゆく 落葉哉／与謝蕪村
瓢軽口にまかせてなけよほとゝぎす　瓢●あくる卯の花見酒／井原西鶴
●第五部　文芸・人物
源氏物語　其の一渋柿の 花ちる里と 成にけり／与謝蕪村
源氏物語　其の二誰か●管を執りて情事を写す　千載読者心酔えるが如し／梁田蛻巌　
小町浮世の果は 皆小町なり／松尾芭蕉　
西行名に高きそのきさらざのもちづきは　しぬまではなの下を忘れず／節松嫁々
芭蕉芭蕉様の 臑をかぢつて 夕涼／小林一茶
義士臥薪嘗胆幾辛酸　一夜の剣光雪に映じて寒し／大塩平八郎
武士貧すれば質におくの手太刀かたな　さすがは武士のうけつ流しつ／山手白人
大名　其の一江戸や先 あくれば富士を みよの春／内藤風虎
大名　其の二此夕ぐれ 大名と秋の 名ごり哉／柳沢信鴻
大名　其の三世の中をよそに見つゝもうもれ木の　埋れてをらむ心なき身は／井伊直弼
学者儒者因果者　此の世に損を為に生る／中島棕隠
美人春雨に 大欠する 美人哉／小林一茶
読書行年七十を逾ゆるも　猶お新書を買わんと欲す／館　柳湾
●あとがき