『大織冠絵巻』刊行の意義
京都市上京区にある尼門跡慈受院には、上下二軸からなる貴重な物語絵巻が伝存する。
藤原鎌足を主人公とし、海女の珠取りを描く物語である幸若舞曲「大織冠」の詞章を絵巻二軸に仕立てたものである。
大織冠の物語は、舞曲成立当初はもとより、江戸時代においても広く愛好され、多くの絵巻や奈良絵本、屏風絵などが現存しており、幸若舞曲のなかでも、最も絵巻・絵本化された作品のひとつである。
本絵巻の最大の特徴は、現存絵巻・奈良絵本のなかで最も多い、上下巻あわせて四十図の絵を有する点である。
加えて、絵画化された場面、構図、詞書と絵の一体化、本文系統にいたるまで、大英図書館蔵絵巻『たいしよくはん』(下巻のみ)にきわめて近く、大英絵巻の欠けた上巻部分を補う、貴重な伝本と位置づけられる。
室町期に制作された物語絵巻を彷彿とさせる素朴な筆致や質感など、原本の雰囲気をフルカラーで再現することで、その全容を一望することができる。
恋田知子(国際仏教学大学院大学)