この世に生を受け、左遷の憂き目にあい、苦悩の後に死んで神となった菅原道真―
現実の苦悩を経た者への共感や鎮魂の念が、「死者が生者の世を支配していく」構造、「現人神」としての信仰へと結実し、多種多様の物語、和歌、絵画が生み出された。
社会の広範な層に浸透した中世天神信仰は如何に形成されたのか。
諸資料の多角的な読み解きにより、日本人の宗教観・精神史における天神信仰の意義を解明する。
推薦のことば(小峯和明(立教大学))
本書は、日本の文学・文化史に重要な位置をもつ「天神縁起」に果敢に取り組んだ故山本五月氏の既発表論文を中心にまとめた論文集である。
山本氏は「天神縁起」の形成に日蔵上人の地獄めぐりを語る「日蔵夢記」がおおきくかかわっていたことを明らかにし、さらにおびただしい絵巻を精査して、カノン化されていた承久本ではなく、むしろ室町期の絵巻こそ重要な役割をはたしたことを立証し、その延長に作られたお伽草子系の『天神の本地』にも初めて総合的な検証を加えた。また、経典と同様の機能を持った天神和歌の重要性についても言及しており、「天神縁起」の文学研究としては初めての本格的な業績といえる。
徹底した文献博捜による緻密な分析、図像イメージの解析、和歌や託宣の解読などを縦横に試みた重厚な本書によって、「天神縁起」研究は新段階に至った感があり、文芸はもとより、歴史、美術、宗教他、隣接諸学にもおおきく寄与することが確信できる。関連分野の方々にもひろく一読を薦めたいと思う。