語ることが許されていない事実
1966年に中国文化大革命が勃発したとき、内モンゴル自治区のモンゴル人人口は150万人弱で、侵略してきた中国人はその9倍に達していた。モンゴル人たちは自らの故郷において完全にマイノリティに転落したのである。やがて少数民族のモンゴル人は全員が粛清の対象とされ、少なくとも34万6000人が逮捕され、2万7900人が殺害され、12万人に身体障害が残ったという。
著者自身が収集した、約6000頁にのぼる中国政府の公文書と被害者報告書、加害者の反省文など、ほとんどが中国では未公開で研究者も閲覧できない資料に依拠。被害者と加害者の双方の資料をもちいた、モンゴル人ジェノサイドの文献的研究。