カートは空です。
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1941年から1948年まで、『人間の運命』の作家が残した克明な日記を初公開。〈人類はまだ幼年期を脱したのにすぎない。絶望することはない。高い理想をめざして努力すべきだ〉(昭和二十年八月十日)。戦中戦後の日本知識人の暮らしと思いを知る、貴重な資料。勝呂奏(桜美林大学教授)による詳細な解説を付す。
芹沢光治良(せりざわ・こうじろう)(1896-1993)明治29(1896)年5月4日、静岡県駿東郡楊原村(現・沼津市)我入道に生まれる。楊原小学校から沼津中学校(現・沼津東高等学校)、第一高等学校を経て、東京帝国大学経済学部に入学。在学中に高等文官試験に合格し、卒業後、農商務省に入省したが、官を辞してフランスに留学。滞在中結核に冒され、スイスで療養生活を送り、帰国後書いた「ブルジョア」が雑誌『改造』の懸賞小説に当選して作家活動に入る。『巴里に死す』、『サムライの末裔』でフランス友好国際大賞、代表作である大河小説『人間の運命』で芸術院賞を受賞。また、多年に渡るユネスコ運動の功績で勳三等瑞宝章を、さらに日仏文化交流の功労者としてフランス政府からコマンドール章を受ける。日本ペンクラブ会長、文芸家協会理事、ノーベル賞推薦委員、日本芸術院会員などを歴任。昭和55(1980)年に沼津市名誉市民となる。89歳より『神の微笑』から始まる神シリーズ8冊を執筆。平成5(1993)年3月23日、東京都中野区東中野の自宅において逝去。享年96歳。
・「日本経済新聞」(2015年5月19日)にて、本書の紹介文が掲載されました。・「朝日新聞」(2015年5月24日)にて、本書の書評が掲載されました。(評者:横尾忠則(美術家))・「東京人」(2015年9月号)にて、本書の紹介文が掲載されました。