「文」は読めているか
日本史上初の勅撰集が編まれ、文藝と政治とが理想的な関係性を有していたとされる嵯峨朝は、しばしば「文章経国」の語で語られる。
しかし、このスローガンは本当に嵯峨朝の時代思潮として位置付けることができるのだろうか――答えは「文」の精緻な読解のなかにあった。
平安時代には多種多様な「文」が作られた。その多くは、文学と歴史学、散文と韻文などの現代の研究スタンスに分断され、偏面的な解釈がなされたり、手付かずのままに置かれている。
本書ではそのような作品・資料のなかから特に漢詩文、なかでも散文を中心に据え、諸ジャンルとの連環を総合的に見渡しつつ、精緻に読解。
各作品・資料の性質はもとより、文体や文章のあり方にも着目し、平安時代の「文」を歴史を描き出す画期的成果。