佐賀藩鍋島家伝来、現佐賀県立図書館蔵を全巻原寸フルカラー複製。
伝肖柏筆本に近い本文を持つ。朱書による句読点や四点濁点が用いられ、国語史研究にも有用な形態を持つ。
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新出の「伝肖柏本」
連歌師肖柏の名を冠する『伊勢物語』の伝本は、池田亀鑑『伊勢物語に就きての研究』研究篇に二点揚げられている。その一は天福本系統の池田氏蔵本であり、その二は「古本」に分類され『校異篇』に採用された宮内庁書陵部本である。
校異に採用された宮内庁書陵部本は、「本文の頭脚並に左右の空白に多くの註釈を記入」した「肖聞抄の一種」であり、筆者が肖柏に擬されたのもそのせいであろうという(『研究篇』)。
ところが、このたび、書き入れ注を持たない本文だけの一本が発見された。表紙紙背に「大永六年」の文字が見え、室町末期、譲っても近世初期は降らない墨色あざやかな、鍋島家ゆかりの古写本である。
伝肖柏本は、「ゆく蛍」および「暮れがたき」の二首を有する四十五段において、その和歌の配列をめぐって、塗籠本にも通じる特異な形をもつ点で注目されてきた孤本である。その同類が新たに加わった。
本書出現のきっかけは、昨平成二十年秋、佐賀県立図書館所蔵の古典籍を対象とした国文学研究資料館の予備調査であった。鍋島藩の文事・古典籍研究の第一人者であり、今回の予備調査を提唱した佐賀大学名誉教授井上敏幸氏、ならびに佐賀県立図書館のご高配により、本書の原寸カラー影印本刊行の運びとなる。また悦ばしからずや。
(国文学研究資料館館長 今西祐一郎)