〈学校〉からこぼれ落ちてしまった『徒然草』は、あまりにおおく、〈学校〉がつくった兼好のイメージは、いくぶんか偏狭に確乎としている。兼好が、すさまじき「女性差別」(または「女性嫌悪」)の言を吐いてい、などとは、『徒然草』の愛読者以外には、ひろく知られてはいまい。「兼好は、恋もした。宮廷の勤務もした。東国へ旅立つこともした。勅撰歌人でもあった。恋歌の代作もした。兼好の足跡をたどれば、〈隠者〉の風貌よりはむしろ、世塵になずむ〈市井の人〉の姿態がつよく押し出されるかもしれない。
兼好もまた、「希望なき者の希望」(ベンヤミン)を生きるわれらの隣人として、〈我らが同時代人〉であるのではないか?